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日本最大級のダムに自動化建設機械14台を投入
秋田、岩手、宮城の3県にまたがる栗駒山の北側に位置する秋田県雄勝郡東成瀬村。奥羽山脈のふもとに広がる自然豊かな村で、「日本で最も美しい村連合」にも加盟している。村の中央には秋田県を経由して日本海に注ぐ一級河川雄物川水系の成瀬川が流れている。ここは以前から3月から5月の雪解け水で洪水に悩まされ、明治27年(1894年)には洪水で未曾有の被害をもたらし、近年でもたびたび浸水被害が発生していた。
さらに雄物川は夏場を中心に上水道や農業用水の取水ができなくなるなどの渇水被害が平成以降、3年に1度の頻度で発生していた。
こうした事態を憂慮した国土交通省は自ら直轄で日本最大の多目的ダム「成瀬ダム」の建設を決断した。
成瀬ダムの着工が始まったのは2018年9月。施工したのは鹿島建設、前田建設、竹中土木のJV(ジョイントベンチャー)。ここに鹿島が2009年から開発を進めてきた自動化施工システム「A4CSEL(クワッドアクセル)」を導入した。これは建設現場を工場のように効率化することを目指した革新的な技術で、中核技術には①汎用建設機械の自動化改造② AIによる施工計画最適化③遠隔管制がある。
これまで振動ローラを皮切りにブルドーザ、ダンプトラックを自動化し、2015年5月には五ケ山ダム堤体建設工事、2017年1月には大分川ダム建設工事、2018年には小石原川ダム本体建設工事で導入し、実証実験を進めてきた。
成瀬ダムは最盛期に自動化振動ローラ4台、自動化ブルドーザ3台、自動化ダンプトラック7台の計3機種14台の自動化建設機械を連携して無人化施工を行うフルスケールでの初の本格導入となる。400㎞離れた鹿島西湘実験フィールドから3人の管制員(ITパイロット)が2交代制で24時間管制を行った。
成瀬ダムは当初、ロックフィルダムを採用する予定だった。ロックフィルダムは、岩石や土砂を積み上げて造るダムの一形式で、地盤が弱い場所でも建設可能な柔軟性と経済性を持つ構造だ。しかし地質特性、環境配慮、コスト削減などの視点から検討が行われ、セメントで固めた砂れき(CSG:Cemented Sand and Gravel)を台形状に積み上げて造る日本で開発された最新のダム形式である台形CSGダムが採用された。CSGは台形型という安定した形状だから必要強度を小さくでき、現地発生材を使用するため、環境負荷低減やコスト縮減が期待できるからだ。
成瀬ダムは高さ114.5m、長さ755m、ダム本体を構成する材料の体積485万㎥。完成すればダムの湖面の面積は2.26㎞、サッカーグラウンド300面以上とれる広さとなる。貯水量は約7850万㎥、25mプールなら31万杯分に相当する。しかし日本屈指の豪雪地帯で冬季は堤体施工を中止せざるを得ない地域であるため、日本最大級のCGSダムを建設するためには、1カ月当たり25万~30万㎥というこれまでの同種の工事の2倍以上の大容量高速施工が要求されている。
鹿島建設技術研究所のプリンシパル・リサーチャー、三浦悟氏は次のように語る。
「A4CSELは管制室の数人ですべての重機を管理することができ、前日に作業計画を提出しておけば、あとは自動的にすべてやってくれますから現場に人が入る必要はありません。自動化では熟練者の操作データなどが組み込まれて最も効率的な作業ができるようになっていますし、人が現場に入りませんから人身事故も起こりません」
打設スピードの向上で生産性を倍増
では、このダムをどのように建設していくのか。
台形CSGダムを建設するには、まず現地で発生する石や砂れきにセメントと水を加えて混合しCSGを製造し、それを自動化ダンプトラックで、あらかじめ指示された位置まで運搬、指定位置でのダンプアップ(荷下ろし作業)を行う。
自動ダンプは熟練者の操作データを活用した制御システムを活用しているが、搬送はいちいち切り返して進行方向を変えなくてもそのままバックで元の位置まで戻れるので、人の運転よりもかなり早く移動することができる。
ダンプトラックから荷下ろしされたCSGを自動化ブルドーザで敷き広げる「まき出し」作業を行う。いわゆる「敷均し(しきならし)」と呼ばれる作業だ。1リフト(層)あたり25㎝程度の厚さに打設する。自動化ブルドーザにも熟練者の操作データや走行経路、ブレードの高さの違いによる材料の広がり形状を測定するシミュレータを活用して制御システムを搭載している。
そして整形されたCSGを自動化振動ローラで転圧して締め固める。自動化振動ローラは直線走行・切り返し走行ともに、熟練技能者と同等の誤差±10㎝以下での自動運転を実現している。厚さ25㎝のCSGをブルドーザでまき出し、それを一回の打設につき3層75㎝分を正確に積み重ねていく。
しかし最初から順風満帆に工事が進んでいったわけではない。絶えず様々な問題が出てくる。成瀬ダムが位置する東成瀬村は国内有数の豪雪地帯で、工事は11月中旬までしかできない。それ以降は雪が解ける4月上旬まで休工となる。
そのため最初の4月から11月の間に自動化施工で生じる様々な問題や生産性向上などの問題を解決しながら工事を進めた。そして冬季の施工中止期間には、施工中に生じた問題や、次年度に必要な新しい施工方法の検討、さらに自動機械や自動運転の性能・機能の向上などの課題を持ち帰り、現場メンバーと本社の技術研究所のメンバーが共同で改良を進めた。
そうした努力の甲斐あって1年目の2020年には1時間あたりの打設量が230㎥だったのが2年目は1時間あたり750㎥と年を追うごとに打設スピードを上げることができた。
「A4CSELを使って施工したのはダムの中心部分であるCSGの部分。これは300万㎥で東京ドーム2.5個分。全体で480万㎥ですから、A4CSELで施工したのは全体の8分の5程度。300万㎥を自動建設機械で施工したというのは世界のどこにもありません。CSGまき出し量は254.4m3/hと、有人運転128.6m3/hの約2倍でした」(三浦氏)
作業の効率化はなにもA4CSELだけではない。台形CSGダムの施工では、CSGの打設を行った後には、水を受ける上流側と放流する下流側の斜面に保護コンクリートを打設する。保護コンクリートはまず、ダムの上流側・下流側にクレーンを用いて、置き型枠を設置。1ブロック15m毎に目地(めじ:意図的に設けられた部材同士のすき間や継ぎ目)・止水版を設置。その後、コンクリートで打設を行う。鹿島は成瀬ダムの高速施工を実現するために、置き型枠自動スライドシステムを開発。置き型枠の脱型から設置、横移動までの一連の作業を自動で行うことに成功。さらに成瀬ダムの施工では、目地・止水板の合理化施工を実施。クレーン作業や溶接作業を行うことなく、専用リフタ(荷物用昇降機)を使いながら、特殊技能を持たない少人数の技能者だけで、目地・止水板を設置できる体制を構築した。こうした合理化で時短や省人化を図ることができるようになった。
2026年度中に試験湛水の開始を予定しているという。
今後はダムに続き災害復旧、山岳トンネル、宇宙開発でも
A4CSELの活用は何もダムに限ったものではない。すでに災害復旧でも導入実績があり、山岳トンネル工事では掘削作業を6ステップに分けて遠隔化・自動化に成功、宇宙開発にも活用していきたいという。
災害復旧では2011年に紀伊半島大水害で被災した奈良県五條市の川原樋川赤谷地区の砂防堰堤が大規模な深層崩壊と河道閉塞が発生し、鹿島がその整備のために施工を請け負った。かなり危険を伴う工事だったことからA4CSELが活用され、21t級の自動化ブルドーザが投入された。
「これまで災害復旧で危険な場所は遠隔操縦で対応していたのですが、遠隔操縦は建設機械の運転席や現場を監視するカメラを見ながらリモコンで操縦するため、作業効率が有人施工と比較して60~70%程度に低下します。災害復旧でも省人化を進めて、作業効率を上げ、安全を高めるためには自動運転の導入が必要だと思います」(三浦氏)
事実、成瀬ダム建設工事でコンクリートの月間打設量は62年ぶりに28.1万㎥という記録を打ち立てた。これは従来の約2倍の生産量となっている。
山岳トンネル工事でもA4CSELは真価を発揮している。
「トンネルはダムとは違って一か所をどんどん前に進んでいく作業なので、ダムのように複数機械の配置や作業の順番を入れ替えるなど、施工計画を最適化して生産性を大きくあげるということは難しいのですが、問題は安全性です。山岳トンネル工事は土木の中でももっとも危険だといわれ、死亡事故が多いのもトンネルです。これをなんとかしたいのです」(三浦氏)
山岳トンネル工事は職人が6人でチームをつくり、それぞれ役割分担が決まっている。ある意味では標準化できているともいえる。ただそれぞれが専門の職人であるため、だれでもできる仕事ではない。この職人の技を紐解いて、A4CSELを導入して危険な作業を自動化につなげていくというのがここでの課題だ。
鹿島は2018年11月に山岳トンネルの自動化の技術拠点として静岡県富士市にある施工技術総合研究所の敷地内に長さ55mの「模擬トンネル」を構築、自動化技術の検証実験をスタート。トンネル掘削の一連の作業である①岩盤やコンクリートなどに穴を開ける「穿孔」②装薬・発破③掘削で発生した岩石や土砂(=ずり)を坑外へ搬出する「ずり出し」④トンネル掘削後に設計断面より飛び出した岩盤(=アタリ)を除去する「アタリ取り」⑤掘削した岩盤面にコンクリートを圧送して定着させる「吹き付け」⑥斜面やトンネルなどの地盤を安定させるための工事で、地山に鉄の棒を打ち込んで、崩れないようにする「ロックボルト打設」などの作業の自動化を検証、2019年1月にはコンクリートの吹き付け作業の自動化に成功。2021年10月には山岳トンネル工事の切羽(きりは:掘削作業の最前線の岩盤面)周辺業務の自動化を図るため実証実験専用のトンネル工事が開始された。
作業の自動化とともに進めているのが「余掘(よぼり)」の問題解消だ。設計された断面よりも過剰に掘りすぎてしまう余掘は、施工精度や安全性、コストに大きく影響するため、非常に重要な管理項目。生産性向上のカギともなる。「余掘のない発破掘削」を実現するためには、岩盤の特性に合わせた掘削や爆破が必要となる。これは実工事と同じ環境でないと行うことができないことから、岐阜県飛騨市に本社を置く三井金属鉱業グループの中核企業である神岡鉱業の協力の下で、同社が所有する神岡町の鉱山を実際に掘削し、効果的な「穿孔」、「吹き付け」や「ずり出し」の自動化施工技術を検証する業界初の試みに挑戦した。
「ダムなら小田原に2haの実験フィールドがあって、そこを使って自動化作業を実証できるのですが、トンネルはそういうわけにはいきません。トンネルを模擬した環境である程度の自動化の実験はできますが、実際の環境でやるのとは違う。やはりトンネルを掘らなければならない。それで神岡町に本物のトンネルを掘ったわけですよ。実際に現場でやることで作業の仕方がわかってくるわけです」(三浦氏)
このほか「A4CSEL」は宇宙開発でも大きな期待を担っている。2016年には宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙探査イノベーションハブ、芝浦工業大学、京都大学、電気通信大学と共同で研究をスタートした。
「A4CSEL」を活用して月面での拠点建設に挑戦するというものだ。月面では地球からの遠隔操作による施工が考えられるが、超長距離間の通信での時間の遅れ問題などの課題に対応するための技術として「A4CSEL」が注目された。
3年間の研究開発を経て2019年3月には、鹿島西湘実験フィールドで、月の有人拠点建設をイメージした2種類の自動化建設機械による実験を実施。自動運転と遠隔操縦を組み合わせた「遠隔施工システム」によって、拠点建設に必要な、整地、掘削、居住モジュール設置、覆土の作業が効率良く実施できる可能性を見出した。
さらに2021年11月には国土交通省が主管する「宇宙無人建設革新技術開発推進事業」で民間企業に委託する10件(F/S2件、R&D8件)の取り組みが発表され、R&Dの部門で「A4CSEL」が採択された。
「地上でも月面でも自動化施工を実現するために最も重要な事項は現場条件に合致した運転方法を見出すことですが、月では現地試験ができません。そのため月面での動作を再現するためのシミュレーション技術を提案しました。ただ、シミュレーションで100%再現することはできないので実作業をしながら自己調整するような自律化も進めていかなければならないと考えています」(三浦氏)
ガートナージャパンのリサーチ&アドバイザリ部門ディスティングイッシュト バイス プレジデント アドバイザリの 松本良之氏は次のように語っている。
「鹿島建設のA⁴CSELが極限環境に展開されていることは、AIと自律制御が現場の制約を超え、新たな価値を生む段階に入ったことを示しています。従来、人の手でしか成し得なかった作業領域において、こうした技術が確実な実行力と安全性をもたらし、遠隔作業の新たな可能性を開いています。こうした挑戦は、インフラや災害対応を含む幅広い領域での応用を示唆しており、日本発の現場技術が社会変革の一端を担う可能性を強く示唆しているといえるでしょう」…
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